セメント瓦は、その耐久性と耐火性から、かつて多くの建物の屋根に採用されてきました。しかし、1970年代から1990年代にかけて製造されたセメント瓦には、アスベスト(石綿)が含まれている可能性があり、その見分け方や適切な対処法を知ることは、居住者の健康と安全を守る上で極めて重要です。本記事では、セメント瓦に含まれるアスベストの危険性、その見分け方、そして安全な対処法について、公的機関の情報を基に詳しく解説します。
アスベストとは何か?その危険性と規制の歴史
アスベストは、天然に産出する繊維状の鉱物であり、耐火性、断熱性、電気絶縁性、耐摩耗性などに優れる特性から、建材や工業製品など多岐にわたる用途で利用されてきました。しかし、その微細な繊維を吸い込むことで、肺がんや中皮腫といった重篤な健康被害を引き起こすことが明らかになり、世界中でその使用が厳しく規制されるようになりました。
アスベストが引き起こす健康被害
アスベストの繊維は非常に細かく、空気中に飛散すると吸入されやすくなります。吸入されたアスベスト繊維は、肺の奥深くに到達し、長期間にわたって体内に留まることで、以下のような健康被害を引き起こす可能性があります [1], [2]。
・ 肺がん(Lung Cancer): 肺の細胞が異常増殖する悪性腫瘍。
・ 悪性中皮腫(Malignant Mesothelioma): 肺や腹部を覆う膜(中皮)に発生する稀な悪性腫瘍で、アスベスト曝露との関連性が非常に高いとされています。
・ 石綿肺(Asbestosis): アスベスト繊維の吸入によって肺が線維化し、呼吸機能が低下する病気。
・ びまん性胸膜肥厚(Diffuse Pleural Thickening): 肺を覆う胸膜が広範囲に厚くなる病気。
・ 良性石綿胸水(Benign Asbestos Pleural Effusion): 胸膜腔に液体が貯留する病気。
これらの疾患は、アスベストを吸い込んでから発症するまでに数十年という長い潜伏期間があることが特徴です。そのため、過去にアスベストに曝露した経験がある場合でも、現在症状がなくても将来的に発症するリスクがあるため、注意が必要です。
日本におけるアスベスト規制の変遷
日本では、アスベストによる健康被害が社会問題化したことを受け、段階的に規制が強化されてきました。特に重要な転換点は以下の通りです [3], [4]。
・ 1975年: 5重量%を超えるアスベストの吹き付け作業が原則禁止。
・ 2004年: 1重量%を超えるアスベスト含有建材等、10品目の製造が禁止。
・ 2006年9月1日: 重量比0.1%を超えるアスベスト含有製品の製造、輸入、譲渡、提供、使用が原則禁止となり、事実上の全面禁止が達成されました。
・ 2012年: 一部の適用除外製品を除き、アスベストの全面禁止が実現。
この規制の歴史から、2006年以前に建築された建物、特に1970年代から1990年代にかけて建てられた建物には、アスベスト含有建材が使用されている可能性が高いとされています。
セメント瓦とアスベスト:なぜ問題となるのか
セメント瓦は、セメントと砂を主原料とし、プレス成形された屋根材です。かつては、その強度や耐久性を高める目的でアスベストが混入されていました。アスベストが混入されたセメント瓦は、アスベストセメント瓦とも呼ばれ、特に高度経済成長期からバブル期にかけて大量に生産され、多くの住宅の屋根に採用されました。
アスベスト含有セメント瓦の特性
アスベスト含有セメント瓦は、アスベストの繊維がセメントで固められているため、通常の状態ではアスベストが飛散するリスクは低いとされています。しかし、経年劣化によるひび割れや破損、あるいはリフォームや解体作業などで切断・破砕されると、内部のアスベスト繊維が空気中に飛散し、健康被害を引き起こす危険性があります。
経年劣化と飛散リスク
セメント瓦は、風雨や紫外線に晒されることで徐々に劣化します。表面の塗膜が剥がれ、瓦自体が脆くなると、ひび割れや欠けが生じやすくなります。このような状態になると、アスベスト繊維が露出・飛散するリスクが高まります。特に、高圧洗浄やタワシなどを用いた清掃、あるいは屋根の上を歩くなどの衝撃によっても、アスベストが飛散する可能性があるため、注意が必要です。
セメント瓦のアスベストを見分ける3つの方法
ご自宅のセメント瓦にアスベストが含まれているかどうかを判断するには、いくつかの方法があります。ただし、目視だけで確実に判断することは困難であり、最終的には専門家による調査が不可欠です。
1. 建築年からの推測
最も基本的な判断材料の一つが、建物の建築年です。日本では2006年にアスベスト含有建材の製造・使用が原則禁止されたため、2006年以前に建築された建物、特に1970年代から1990年代にかけて建てられた建物のセメント瓦には、アスベストが含まれている可能性が高いと考えられます。築年数が古いほど、その可能性は高まります。
2. 屋根材の種類と製品名の確認
セメント瓦以外にも、アスベスト含有の可能性がある屋根材として、スレート瓦(カラーベスト・コロニアル)が挙げられます。これらの屋根材は、見た目が似ていることも多いため、注意が必要です。
もし、建物の設計図書やリフォーム履歴などが残っていれば、使用されている屋根材の製品名やメーカー名を確認できる場合があります。国土交通省や経済産業省が公開している「石綿(アスベスト)含有建材データベース」[5]では、製品名やメーカー名からアスベスト含有の有無を検索できる場合があります。ただし、全ての製品が登録されているわけではないため、情報が見つからない場合もあります。
3. 専門家による調査(最も確実な方法)
最も確実な方法は、アスベスト調査の専門業者に依頼することです。専門家は、以下の方法でアスベストの有無を正確に判断します。
・ 書面調査: 建物の設計図書や建築時の資料、メーカーの製品情報などを確認し、アスベスト含有の可能性を調査します。
・ 目視調査: 屋根材の状態を直接確認し、アスベスト含有の可能性のある建材を特定します。劣化状況や破損の有無も確認します。
・ 分析調査: 屋根材の一部を採取し、専門機関でアスベストの含有分析を行います。これにより、アスベストの種類や含有率を正確に特定できます。
国土交通省のウェブサイトでは、アスベストの簡易検査に関する情報も提供されていますが、これはあくまで目安であり、最終的な判断は専門家による分析調査に委ねるべきです。
アスベスト含有セメント瓦の適切な対処法
アスベスト含有のセメント瓦が確認された場合、むやみに触ったり、自分で撤去しようとしたりすることは非常に危険です。アスベストの飛散を防ぎ、健康被害を未然に防ぐためには、専門業者による適切な対処が不可欠です。
放置のリスクと推奨される対応
アスベスト含有セメント瓦を放置すると、経年劣化によってひび割れや剥がれが発生し、アスベストが飛散するリスクが高まります。アスベストの粉じんを吸い込むと、重大な健康被害を引き起こす可能性があるため、原則として撤去・除去することが推奨されています。
ただし、アスベストが飛散しない状態であれば、直ちに撤去・除去が必要というわけではありません。以下の3つの対処法が考えられます。
① 除去(撤去): アスベスト含有建材を完全に撤去する方法です。最も確実な方法ですが、費用が高額になる傾向があります。
② 封じ込め: アスベスト含有建材の上から、アスベストの飛散を防止する塗料や薬剤を塗布し、アスベストを閉じ込める方法です。比較的費用を抑えられますが、建材自体は残るため、将来的な劣化に注意が必要です。
③ 囲い込み: アスベスト含有建材を、非アスベスト建材で覆い隠す方法です。封じ込めと同様に費用を抑えられますが、建材自体は残るため、定期的な点検が重要です。
どの方法を選択するかは、屋根材の劣化状況、建物の状態、予算などを考慮し、専門業者と相談して決定することが重要です。
撤去・除去費用の目安
アスベスト含有セメント瓦の撤去・除去費用は、屋根の面積、屋根の状態、アスベストの含有量、解体方法、処分方法などによって大きく異なります。一般的に、1平方メートルあたり3,000円~5,000円程度が相場とされています。例えば、30坪の住宅で屋根の面積が60㎡の場合、撤去・除去費用は180,000円~300,000円程度が目安となります。
費用は業者によっても異なるため、複数の業者から見積もりを取り、内容を比較検討することが重要です。また、アスベスト除去工事には、国や地方自治体による補助金制度が利用できる場合がありますので、事前に確認することをおすすめします。
信頼できる業者の選び方
アスベスト含有建材の撤去・除去は、専門的な知識と技術、そして厳重な安全管理が求められる作業です。そのため、業者選びは非常に重要です。以下の点に注意して、信頼できる業者を選びましょう。
・ アスベスト解体工事の経験が豊富であること: 実績が豊富で、適切な工法や安全対策を熟知している業者を選びましょう。
・ 作業の安全性が確保されていること: 作業員の保護具着用、飛散防止対策、廃棄物の適正処理など、安全管理が徹底されているかを確認しましょう。
・ 費用が明瞭であること: 見積もりの内訳が明確で、追加費用が発生しないかなどを事前に確認しましょう。
・ 必要な許可・資格を保有していること: アスベスト除去工事には、特定の許可や資格が必要です。これらを保有しているかを確認しましょう。
まとめ
セメント瓦にアスベストが含まれている可能性は、特に古い建物においては無視できない問題です。アスベストの健康被害は深刻であり、その見分け方と適切な対処法を知ることは、ご自身とご家族の健康を守るために不可欠です。ご自宅のセメント瓦にアスベスト含有の疑いがある場合は、自己判断せずに、必ず専門業者に相談し、適切な調査と対策を行うようにしましょう。
参考文献
[1] 厚生労働省. (n.d.). アスベスト(石綿)に関するQ&A. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/sekimen/topics/tp050729-1.html
[2] 環境省. (2007). 石綿と健康被害
https://www.env.go.jp/air/asbestos/commi_hhmi/07/ref01-1.pdf
[3] 厚生労働省. (n.d.). アスベスト全面禁止
https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/sekimen/hourei/dl/hou07-281c.pdf
[4] 厚生労働省. (n.d.). 労働者の石綿ばく露防止施策の紹介. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/sekimen/other/index_00001.html
[5] 国土交通省・経済産業省. (n.d.). 石綿(アスベスト)含有建材データベース
https://asbestos-database.jp/