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壁に潜むアスベストの基礎知識とリスク

アスベスト(石綿)とは?なぜ壁に使用されていたのか

アスベスト(石綿)は、天然に存在する繊維状の鉱物(ケイ酸塩鉱物)であり、その優れた特性から「奇跡の鉱物」とも呼ばれていました。具体的には、耐熱性、耐薬品性、電気絶縁性、そして摩擦に対する強さといった特徴を持ち、安価であったことから、建築材料を中心に約3,000種類もの製品に使用されてきました。

特に建築分野においては、火災時の延焼を防ぐ耐火被覆材や、建材の強度を高めるための補強材として多用されました。壁材としては、主に耐火性や断熱性、吸音性を目的として、内装壁や外装壁、間仕切り壁などに幅広く使用されていた経緯があります。

しかし、その微細な繊維が空気中に飛散し、吸入することで重篤な健康被害を引き起こすことが明らかになり、日本では段階的に規制が強化され、2006年(平成18年)9月1日以降、アスベストを0.1重量%を超えて含有する製品の製造、輸入、使用が全面的に禁止されています。

吸い込むとどうなる?健康被害と潜伏期間の恐ろしさ

アスベスト繊維は非常に細かく、肺の奥深くまで入り込むと、体外に排出されずに留まり続けます。これが原因となり、肺線維症(じん肺)、肺がん、そして悪性中皮腫といった深刻な病気を引き起こします。

これらの病気の最大の特徴は、極めて長い潜伏期間を持つことです。

・ 悪性中皮腫: 肺を取り囲む胸膜などにできる悪性の腫瘍で、潜伏期間は20年〜50年とされています。若い時期にアスベストを吸い込んだ方のほうが発症しやすい傾向があります。
・ 肺がん: アスベストばく露から発症までに15年〜40年の潜伏期間があり、ばく露量が多いほど発生率が高まることが知られています。特に喫煙は、アスベストによる肺がんのリスクを相乗的に高めることが指摘されています。

このように、アスベストによる健康被害は、過去にばく露した事実を忘れた頃に発症する可能性があり、その恐ろしさが強調されています。

2021年の法改正で変わったレベル3建材の規制内容

アスベスト含有建材は、その飛散性の高さによって3つのレベルに分類されます。壁材に多く使用されている成形板などの建材は、通常、レベル3(非飛散性アスベスト)に分類されます。これは、セメントなどで固く成形されているため、通常の使用状態ではアスベスト繊維が飛散しにくい(発じん性が低い)とされてきたためです。

アスベストレベル飛散性主な建材の例規制の対象
レベル1極めて高い(発じん性最高)吹付け石綿、石綿含有耐火被覆材厳重な規制対象
レベル2高い(発じん性高い)石綿含有保温材、断熱材、耐火材厳重な規制対象
レベル3比較的低い(非飛散性)石綿含有成形板、ビニル床タイル、スレートボード2021年法改正で規制対象に追加

しかし、2021年(令和3年)4月に施行された大気汚染防止法の改正により、このレベル3建材も、解体・改修工事の際に「事前調査」や「結果の報告」、そして「作業基準の遵守」が義務付けられることになりました。

これは、レベル3建材であっても、解体作業などで建材が破損すれば、アスベスト繊維が飛散し、作業者や周辺住民の健康を脅かすリスクがあるためです。

この法改正により、壁材の調査と適切な処理の重要性が、以前にも増して高まっています。

アスベストが含まれる壁の具体的な見分け方

一般の方が自宅や所有する建物の壁にアスベストが含まれているかどうかを判断するには、いくつかの段階的な調査方法があります。目視だけでアスベストの有無を断定することはできませんが、以下の手順で可能性を絞り込むことができます。

① 建築時期で判断する(2006年以前の建物は要注意)

アスベスト含有建材が最も多く使用されていたのは、1955年頃から1980年代後半にかけての高度経済成長期です。特に、2006年8月31日以前に建てられた、または改修された建物は、アスベスト含有建材が使用されている可能性が極めて高いと判断できます。

・ 1975年以前: 吹付けアスベスト(レベル1)が多用された時期。
・ 1980年代〜2004年: 比較的飛散性の低い成形板(レベル3)が多用された時期。
・ 2006年9月1日以降: アスベスト含有建材の使用が全面的に禁止されたため、この時期以降に建てられた建物は基本的に安全とされます。

建物の竣工年(完成した年)を確認することが、アスベスト含有の可能性を判断する最初の重要なステップとなります。

② 設計図面や仕様書の記載を確認する

最も確実な見分け方の一つは、建物の設計図面や仕様書、あるいは修繕履歴などの書面を確認することです。これらの書類に、以下のような記載がないかを探します。

・ 「吹付け石綿」「石綿含有」
・ 「アスベストセメント板」「けい酸カルシウム板」
・ 「フレキシブルボード」「押出成形セメント板」
・ 「ロックウール」(特に吹付けの場合)

これらの建材名や「石綿含有」といった記述が確認できれば、アスベストが含まれていると判断できます。書面調査は、現地調査や分析調査よりも低コストで迅速に行えるため、事前調査の第一段階として義務付けられています。

③ 建材の名称や「アスベストマーク」を探す

建材自体にアスベスト含有を示すマークが表示されている場合があります。

・ アスベストマーク: 2002年(平成14年)以降に製造された一部の建材には、アスベスト含有を示すマークが表示されていることがあります。ただし、このマークがないからといって非含有であるとは限りません。
・ 建材の名称: 建材の裏側や端部に、メーカー名や製品名が刻印されていることがあります。これらの情報を基に、国土交通省や経済産業省が公開している「石綿含有建材データベース」と照合することで、アスベストの有無を確認できます。

また、壁材の見た目の特徴から、アスベスト含有の可能性が高い建材を推測することも可能です。

内装壁・外装壁に使用されている可能性の高い建材(レベル3)

壁材として使用されているアスベスト含有建材の多くは、セメントなどで固められた成形板です。

建材の種類主な使用部位見た目の特徴
石綿含有スレートボード内装壁、外装壁、天井比較的薄い板状で、表面が平滑または波型。
けい酸カルシウム板第1種内装壁、天井、軒天軽量で、耐火性・断熱性に優れる。表面は比較的均一。
押出成形セメント板外壁材、間仕切り壁厚さ50mm以上の製品が多く、非耐力壁に使用される。
窯業系サイディング外壁材住宅の外壁に多く使用される板状の建材。

これらの建材は、硬く成形されているため、目視でアスベスト繊維を確認することは困難です。

④ 専門業者による現地調査と分析を依頼する

上記①〜③の書面調査や目視調査でアスベストの有無が不明、または含有の可能性が高いと判断された場合は、専門業者による詳細な調査が必須となります。

専門業者による調査は、以下の手順で行われます。

① 現地調査(目視): 専門の調査者が建物を訪れ、建材の使われ方、劣化状況、建材の名称などを詳細に確認します。
② 試料採取: アスベスト含有の疑いがある建材の一部を、飛散防止措置を講じた上で採取します。
③ 分析調査: 採取した試料を分析機関に送り、X線回折分析や偏光顕微鏡法などの専門的な手法を用いて、アスベストの有無と含有率を正確に特定します。

この分析調査の結果をもって、最終的にアスベスト含有の有無が確定します。解体・改修工事を行う際には、この専門業者による事前調査が法律で義務付けられています。

アスベストが使用されている可能性が高い壁材の種類

壁材として使用されていたアスベスト含有建材は多岐にわたりますが、ここでは特に注意が必要な建材について、その特徴と使用部位を深掘りします。

内装壁:石綿含有スレートボードやけい酸カルシウム板

内装壁に使用されていたアスベスト含有建材は、主に耐火性や断熱性を高める目的で使われていました。

〇 石綿含有スレートボード

・ 特徴: セメントとアスベスト繊維を混合して作られた板状の建材です。内装壁だけでなく、天井材や外装壁にも広く使われていました。
・ 使用部位: 一般住宅の内装壁、特にキッチンや浴室、トイレなどの水回りや、間仕切り壁に使用されていることがあります。


〇 けい酸カルシウム板第1種:

・ 特徴: 軽量で加工しやすく、耐火性に優れているため、準不燃材や不燃材として使用されました。
・ 使用部位: 天井材、壁材、軒天など、建物の内部から外部まで幅広く使用されています。

これらの建材は、硬く成形されているため、通常はレベル3に分類されますが、釘を打ったり、切断したりといった加工や、経年劣化による破損によって繊維が飛散するリスクがあります。

外装壁:押出成形セメント板やサイディング材

建物の外壁は、風雨や火災から建物を守る役割があるため、アスベストの耐候性や耐火性が重宝されました。

〇 押出成形セメント板:

・ 特徴: セメントにアスベストを混ぜて押し出し成形した板状の建材で、厚みがあり、強度が高いのが特徴です。
・ 使用部位: 外壁材や間仕切り壁として、特にビルや工場などの大型建築物に多く使用されていました。

〇 窯業系サイディング:

・ 特徴: セメント質と繊維質を主原料とした外壁材で、デザイン性が高く、一般住宅の外壁に広く普及しました。
・ 使用部位: 住宅の外壁。アスベストが使用されていた時期の製品は、経年劣化により表面が剥がれたり、ひび割れたりすると飛散リスクが生じます。

これらの外装材は、建物の外観から目視で確認できるため、劣化状況を定期的にチェックすることが重要です。

仕上塗材:じゅらく壁やリシン吹き付けの注意点

壁の表面に吹き付けたり、塗り付けたりして仕上げる仕上塗材にも、アスベストが使用されていた製品があります。

・ じゅらく壁・京壁: 和室の壁などに使用される伝統的な仕上材ですが、一部の製品には、強度を高める目的でアスベストが混入されていました。
・ リシン吹き付け材: 外壁や内壁に吹き付けられる、ざらざらとした質感の仕上材です。特に1970年代から1980年代にかけて製造されたリシン材には、アスベストが含まれている可能性が高いとされています。

これらの塗材は、壁の表面に薄く塗布されているため、剥がれ落ちたり、削られたりすると、比較的容易にアスベスト繊維が飛散する可能性があります。

ここでは、国土交通省の資料から、壁材として使用される成形板の代表的な例を画像で示し、視覚的な理解を深めます。

画像1:アスベスト含有の可能性があるスレート屋根・壁材の例

出典:街の屋根やさん(https://www.yaneyasan.net/asbestosyanezai )

画像2:一般住宅の外壁に使用される窯業系サイディングの例

出典:外壁塗装ラボ(https://gaiso-labo.com/archives/1848

建築物別・アスベストが使用されている主な場所

アスベスト含有建材は、建物の種類や用途に応じて、様々な部位に使用されていました。壁材に焦点を当て、建築物ごとの使用箇所を明確にすることで、調査のポイントを絞り込むことができます。

一般住宅・共同住宅(浴室、キッチン、トイレなど)

一般住宅や共同住宅では、主に耐火性と防水性が求められる場所にアスベスト含有壁材が使用されていました。

・ 水回り: 浴室、キッチン、トイレの壁や天井には、耐水性のある石綿含有スレートボードやけい酸カルシウム板が使用されている可能性があります。
・ 間仕切り壁: 共同住宅の戸境壁(隣の住戸との間の壁)や、火気を使用する場所の近くの間仕切り壁には、耐火性を目的とした成形板が使われていることがあります。
・ 外壁・軒天: 窯業系サイディングや押出成形セメント板が外壁に、けい酸カルシウム板が軒天に使用されている例が多く見られます。

ビル・商業施設(内外装壁、間仕切り壁など)

ビルや商業施設は、大規模な火災対策が求められるため、アスベスト含有建材の使用箇所が多岐にわたります。

・ 内装壁・間仕切り壁: 事務室や店舗の間仕切り壁、エレベーターシャフトの壁、階段室の壁など、防火区画を構成する壁に成形板が使用されています。
・ 外壁: 押出成形セメント板やスレート板が外壁として使用されていることが多く、特に大規模な壁面に使用されている場合は注意が必要です。
・ 機械室・ボイラー室: これらの部屋の壁や天井には、吹付けアスベスト(レベル1)や保温材(レベル2)が使用されている可能性があり、最も飛散リスクが高い場所として厳重な調査が必要です。

学校・病院・工場(耐火壁、天井、外壁など)

公共性の高い建物や特殊な環境を持つ建物でも、アスベストは広く使用されていました。

・ 学校・病院: 廊下や教室、病室の内装壁、耐火壁、そして天井材に成形板が使用されています。特に、古い体育館や講堂の天井には、吹付けアスベストが使用されている事例も報告されています。
・ 工場: 外壁や屋根にスレート波板が使用されている例が多く、また、炉やボイラー周辺の耐火壁には、高濃度の吹付け材や保温材が使用されている可能性が高くなります。

アスベストが発見された場合の正しい対処法

アスベスト含有の可能性がある壁材を発見した場合、最も重要なのは飛散させないことです。アスベスト繊維は、建材が破壊されたり、劣化したりすることで空気中に飛散し、吸入リスクが生じます。

自分で剥がしたり壊したりするのは厳禁

アスベスト含有の疑いがある壁材に対し、以下の行為は絶対に避けてください。

・ 剥がす、削る、切断する: 建材を破壊する行為は、アスベスト繊維を大量に飛散させる原因となります。
・ 高圧洗浄する: 外壁材などに含まれるアスベストを水圧で剥がし、周囲に飛散させる危険性があります。
・ 釘を打つ、穴を開ける: わずかな穴でも、内部の繊維が外部に漏れ出すきっかけとなります。

アスベスト含有建材は、静かにそのままの状態で維持管理することが、最も安全な対処法となります。

レベル別(1〜3)の除去・封じ込め作業の違い

アスベスト含有建材の除去作業は、その飛散性(レベル)に応じて、厳格な作業基準が定められています。壁材に多いレベル3の成形板であっても、作業手順を遵守しなければなりません。

レベル飛散性除去方法の原則作業時の主な措置
レベル1極めて高い除去(原則)隔離養生(二重)、負圧除じん装置、作業者の保護具(全面マスク、防護服)
レベル2高い除去(原則)隔離養生、作業者の保護具(防じんマスク、防護服)
レベル3比較的低い除去、または封じ込め・囲い込み湿潤化、手工具による取り外し、作業者の保護具(防じんマスク、防護服)

レベル3の壁材(成形板)の除去作業では、建材を湿潤化(水で濡らす)して繊維の飛散を防ぎながら、電動工具の使用を避け、手工具で静かに取り外すことが基本となります。除去した建材は、飛散しないように厳重に梱包し、産業廃棄物として適切に処理しなければなりません。

解体・改修工事前に必要な「事前調査」の義務化

2022年(令和4年)4月1日以降、一定規模以上の解体・改修工事を行う際には、アスベスト含有建材の有無を事前に調査し、その結果を行政機関に報告することが義務付けられています。

この事前調査は、建築物石綿含有建材調査者などの専門資格者が行う必要があり、調査を怠ったり、虚偽の報告をしたりした場合は、罰則の対象となります。

事前調査の基本的な流れ

1.書面調査: 建築図面や台帳から、アスベスト含有の可能性を判断します。
2.現地調査(目視): 実際に建物を調査し、建材の種類や劣化状況を確認します。
3.分析調査: 疑わしい建材を採取し、アスベストの有無を科学的に分析します。

この事前調査の結果に基づき、アスベスト含有が確認された場合は、飛散防止対策を講じた上で、適切な除去・処理計画を策定することになります。

画像3:最も飛散リスクが高い「吹付けアスベスト」(レベル1)

出典:株式会社エイキ(https://www.eiki-kk.com/40321.html

まとめ

「アスベスト 壁 見分け方」という疑問に対し、最も重要な結論は、「目視や自己判断だけでアスベストの有無を断定することは不可能であり、最終的には専門家による調査と分析が必須である」ということです。

しかし、建物の建築時期(2006年以前)、設計図面の有無、そして壁材の種類(成形板、仕上塗材など)を確認することで、アスベスト含有の可能性を大きく絞り込むことができます。特に、壁材に多く使用されているレベル3の成形板は、通常時は安全性が高いとされてきましたが、2021年の法改正により、解体・改修時の取り扱いが厳格化されました。

アスベストは、吸入から数十年後に健康被害を引き起こす静かな時限爆弾のような存在です。建物の解体や大規模なリフォームを計画している場合は、必ず専門の調査機関に依頼し、法に基づいた事前調査を実施してください。

アスベストの有無を正確に把握し、適切な飛散防止対策を講じることが、ご自身とご家族、そして周辺住民の健康を守るための唯一の道となります。

参考文献

[1] 厚生労働省 アスベスト(石綿)に関するQ&A(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/sekimen/topics/tp050729-1.html )

[2] 環境省 建築物等の解体等に係る石綿飛散防止対策マニュアル(https://www.env.go.jp/air/asbestos/appenndix13_3-1.pdf )

[3] 国土交通省 目で見るアスベスト建材(https://www.mlit.go.jp/kisha/kisha06/01/010331_7/01.pdf )