アスベスト(石綿)による健康被害は、中皮腫や肺がんなどの深刻な疾患を引き起こします。国が責任を認め賠償金を支払う「アスベスト和解」制度は、アスベスト工場で働いていた元労働者やそのご遺族が、国に損害賠償を請求し、裁判上の和解を通じて補償を受けるための重要な制度です。

 本記事では、「アスベスト 和解」を検討されている方々が、この複雑な制度を理解し、適切な手続きを進めるための具体的な情報を提供します。和解の対象条件、必要な証拠、手続きの流れ、賠償金の具体的な金額まで、厚生労働省などの公的機関情報に基づき、詳細かつ分かりやすく解説します。

出典:Mesothelioma Center (2023) “Researchers Find More Efficient Way to Detect Asbestos” https://www.asbestos.com/news/2024/07/10/more-efficient-asbestos-detection/

アスベスト和解とは?国の責任と賠償制度の全体像

 アスベストによる健康被害は社会問題化し、国が責任を負うべきとの認識から「アスベスト和解」制度が生まれました。その歴史的背景と制度の機能について解説します。

アスベスト被害と国の責任:大阪泉南アスベスト訴訟の経緯

 アスベスト(石綿)は、高度経済成長期に建材などに広く使用されましたが、その微細な繊維が中皮腫や肺がんなどの重篤な健康被害を引き起こすことが判明し社会問題となりました。特にアスベスト工場労働者は高濃度のアスベスト粉じんに曝露され、多くの健康被害を被りました。

 これらの被害者やそのご遺族は、国がアスベストの危険性を認識しながらも適切な規制措置を講じなかったとして、国の責任を問い損害賠償を求める訴訟を提起しました。中でも「大阪泉南アスベスト訴訟」は大きな影響を与え、平成26年10月9日に最高裁判所が国の責任を認める判決を下しました。この判決は、国がアスベスト被害に対して法的責任を負うことを明確にし、その後の被害者救済の転換点となりました。

 最高裁判決では、昭和33年5月26日から昭和46年4月28日までの間、国が石綿工場に局所排気装置の設置を義務付けなかったことが国家賠償法上違法と判断されました。この期間は、アスベストの危険性が認識され始めていたにもかかわらず、国が対策を怠ったとされた重要な期間です。この判決を受け、国は一定の要件を満たすアスベスト被害者に対し、損害賠償金の支払いを行うことを明らかにしました。

国による和解制度の概要と対象者

 大阪泉南アスベスト訴訟の最高裁判決を受け、国は同様の被害を被った方々に対し、個別の訴訟を通じて和解に応じ、損害賠償金を支払う「アスベスト和解」制度を設けました。この制度は、被害者やそのご遺族が長期の訴訟手続きを経ることなく、迅速かつ公平に救済を受けられるようにすることを目的としています。

 和解の対象となるのは、アスベスト工場で働いていた元労働者やそのご遺族で、以下の条件をすべて満たす方です。

・ 昭和33年5月26日から昭和46年4月28日までの間に、局所排気装置を設置すべき石綿工場内において、石綿粉じんにばく露する作業に従事したこと。

・ その結果、石綿肺、肺がん、中皮腫、びまん性胸膜肥厚に罹患したこと。

・ 提訴の時期が損害賠償請求権の期間内であること。

 これらの条件は最高裁判決の判断基準に基づいています。労災保険や石綿健康被害救済法による給付を受けている方でも、上記の期間内に労働者として石綿粉じんにばく露する作業に従事した方は対象となり得ます。ご本人が亡くなられている場合でも、ご遺族が請求可能です。

 この制度は、アスベスト被害に苦しむ方々にとって重要な手段ですが、和解に至るまでには、自身の状況確認、証拠収集、法的手続きなど、専門的な知識とサポートが不可欠です。次の章で具体的な条件を詳しく解説します。

アスベスト和解の具体的な条件:あなたが対象かを確認する

 アスベスト和解の対象となるには、国が定めた特定の条件を満たす必要があります。これらは被害の発生時期、健康被害の種類、請求の時期の三つの主要要素から構成されます。ご自身やご家族がこれらの条件に合致するか正確に理解することが、和解手続きを進める上で重要です。

対象となる就労期間と作業内容

 アスベスト和解の重要な条件は、「昭和33年5月26日から昭和46年4月28日までの間に、局所排気装置を設置すべき石綿工場内において、石綿粉じんにばく露する作業に従事したこと」です。

 この期間は、大阪泉南アスベスト訴訟の最高裁判決で国が規制権限を適切に行使しなかったと判断された期間と一致します。この期間内にアスベスト工場で働いていた事実があれば、たとえ一部の期間であっても対象となり得ます。期間前後に働いていた場合でも、上記の期間内に就労した事実があれば賠償の対象となる可能性があります。

 「石綿工場」には、アスベスト製品製造工場だけでなく、作業工程でアスベストを加工する工場も含まれます。重要なのは、アスベスト粉じんに曝露する可能性のある作業に従事していたかどうかです。

 「局所排気装置を設置すべき」とは、アスベスト粉じん飛散防止設備が本来設置されるべきであったにもかかわらず、それが不十分であった工場での就労が対象となることを意味します。この条件を満たすかは、当時の工場の状況や作業内容の詳細調査で確認されます。

 就労履歴がこの期間と作業内容に合致するか確認するには、雇用関係書類、年金記録、健康診断記録などが重要です。特に、日本年金機構発行の「被保険者記録照会回答票」は就労期間を証明する上で非常に有効です。

賠償対象となるアスベスト関連疾患

 アスベスト和解の対象となる健康被害は、「石綿肺、肺がん、中皮腫、びまん性胸膜肥厚及び良性石綿胸水」に限定されます。

・ 中皮腫
肺や心臓、腹部の臓器を覆う膜に発生する悪性腫瘍で、アスベスト曝露との関連性が非常に高く、潜伏期間が長いのが特徴です。

・ 肺がん
アスベスト曝露がリスクを高める悪性腫瘍です。

・ 石綿肺
アスベスト繊維吸入による肺の線維化で、呼吸機能が低下します。

・ びまん性胸膜肥厚
肺を覆う胸膜が厚くなる病気で、呼吸機能低下を引き起こします。

・ 良性石綿胸水
胸膜の炎症による胸水貯留です。

 これらの疾患は医学的にアスベスト曝露との因果関係が認められており、診断書や医療記録による証明が必要です。労災認定を受けている方は、賠償対象となる可能性が高いです。疾患がアスベスト曝露によって引き起こされたことを医学的に証明するためには、専門医による診断や過去の医療記録が不可欠です。健康状態に不安がある場合は、速やかに専門医の診察を受け、アスベスト曝露歴を伝えることが重要です。

損害賠償請求権の期間(時効)について

 損害賠償請求には法律で定められた期間(時効)があり、アスベスト和解においても「提訴の時期が損害賠償請求権の期間内であること」が重要です。この期間を過ぎると、原則として請求権が失われるため注意が必要です。

 時効は、被害者が損害および加害者を知った時から3年、または不法行為の時から20年とされています。アスベスト被害は疾患の発症から時間が経過していることが多いため、時効の起算点が複雑になることがあります。特に潜伏期間の長い中皮腫では、曝露から数十年後に発症するのが一般的です。

 アスベスト被害に関する損害賠償請求権の時効には特別な配慮がなされる場合があり、最高裁判決によって国の責任が明確になったことで、時効が成立していたケースでも請求が可能となることがあります。しかし、これは個々のケースで判断が異なるため、法律の専門家である弁護士に相談し、時効の適用について確認することが不可欠です。

 厚生労働省も時効に関する資料を公開していますが、必ず専門家のアドバイスを受けるようにしてください。時効の問題は専門性が高く、自己判断で手続きを遅らせることは避けるべきです。

 アスベスト和解を検討されている方は、健康状態や就労履歴を確認し、できるだけ早く弁護士などの専門家に相談し、時効の問題を含めた法的なアドバイスを受けることを強くお勧めします。早期の相談が、適切な賠償金を受け取るための鍵となります。

和解手続きの流れと賠償金請求に必要な証拠

 アスベスト和解は、国に訴訟を提起し、裁判上の和解を通じて賠償金を受け取る手続きです。このプロセスは段階的に進行し、各段階で適切な証拠提出が求められます。ここでは、和解手続きの全体像、賠償金請求に不可欠な証拠の種類、その収集方法を解説します。

訴訟提起から和解成立までのステップ

 アスベスト和解の手続きは、専門家への相談から始まり、証拠収集、国を相手取った訴訟提起、口頭弁論での主張・立証を経て、裁判上の和解に至ります。和解成立後、国から賠償金が支払われます。この手続きは専門知識と経験を要するため、アスベスト被害に詳しい弁護士に依頼することが最も確実です。弁護士は証拠収集から和解交渉まで、全てのプロセスをサポートします。

賠償金請求に必要な証拠書類

 アスベスト和解の条件を満たすには、客観的な証拠書類の提出が不可欠です。主な証拠書類は、就労期間を証明する書類(被保険者記録照会回答票など)、アスベスト曝露の事実を証明する書類(工場の記録、同僚の証言など)、アスベスト関連疾患の診断書・医療記録、労災保険給付支給決定通知書、遺族が請求する場合の戸籍謄本などです。これらの書類は状況によって異なりますが、不足がある場合でも専門家が収集をサポートしますので、まずは相談が重要です。

証拠収集のポイントと注意点

 証拠収集はアスベスト和解手続きの成否を左右する重要なプロセスです。証拠となる書類は時間が経つと入手困難になるため、早期に着手し、弁護士やアスベスト被害者支援団体などの専門家を積極的に活用することが重要です。年金記録は日本年金機構、労災に関する記録は労働基準監督署、じん肺に関する記録は都道府県労働局に照会して入手できます。医療機関への依頼や同僚の証言も有効です。会社が倒産・閉鎖していても賠償の対象となるため、公的記録や同僚の証言が有効です。収集した証拠書類は大切に保管し、コピーを取っておきましょう。専門家のサポートを積極的に活用し、諦めずに取り組むことが、和解成立への道を開きます。

賠償金の算定基準と具体的な金額

 アスベスト和解による賠償金は、被害者の疾患の種類や症状の程度で異なります。ここでは、賠償金の算定基準と具体的な金額の目安を解説します。

疾患の種類と症状に応じた賠償額

 アスベスト和解による賠償金は、被害者の疾患の種類や症状の程度に応じて異なります。厚生労働省が公表する和解による賠償金の目安は以下の通りです。

疾患の種類等賠償額
じん肺管理区分の管理2で合併症がない場合550万円
管理2で合併症がある場合700万円
管理3で合併症がない場合800万円
管理3で合併症がある場合950万円
管理4、肺がん、中皮腫、びまん性胸膜肥厚、良性石綿胸水の場合1150万円
石綿肺(管理2・3で合併症なし)による死亡の場合1200万円
石綿肺(管理2・3で合併症あり又は管理4)肺がん、中皮腫、びまん性胸膜肥厚、良性石綿胸水による死亡の場合1300万円

 これらの金額は目安であり、個々のケースの状況によって変動する可能性があります。ご自身の疾患がどの区分に該当し、症状の程度が賠償額にどう影響するかを正確に把握するためには、医師の診断書や医療記録を確認し、弁護士と密に連携を取ることが不可欠です。

遅延損害金と弁護士費用について

 アスベスト和解による賠償金には、基本賠償額に加え、遅延損害金と弁護士費用が別途考慮される場合があります。遅延損害金は、損害賠償請求権発生から賠償金支払いまでの期間にかかる利息です。弁護士費用は、アスベスト和解の手続きが専門性を要するため、弁護士への依頼が一般的です。国が賠償金の一部として弁護士費用を負担するケースや、成功報酬制を採用する事務所も多くあります。これらの追加費用についても、弁護士と十分に話し合い、全体の費用と受取額の見込みを把握しておくことが大切です。

アスベスト和解に関するよくある疑問と相談先

 アスベスト和解の手続きは複雑なため、多くの疑問や不安が生じます。ここでは、よくある疑問とその解決策、適切な相談先を解説します。

会社が倒産・閉鎖している場合の対応

 就労していたアスベスト工場が倒産・閉鎖していても、アスベスト和解は国が責任を認めて賠償金を支払う制度であるため、賠償の対象となります。

 重要なのは、国が定めた和解の条件(就労期間、疾患の種類、提訴時期)を満たしているかどうかです。会社が存在しない場合でも、日本年金機構発行の「被保険者記録照会回答票」などの公的書類や、同僚の証言、当時の工場の記録などを収集することで、就労の事実を立証可能です。アスベスト被害に詳しい弁護士や支援団体は、閉鎖・倒産した会社の情報収集や代替証拠の探し方についてもノウハウを持っていますので、まずは相談をお勧めします。

遺族が賠償金を請求するには

 アスベスト関連疾患は潜伏期間が長く、被害者ご本人が賠償金を請求する前に亡くなられるケースも少なくありません。その場合でも、ご遺族が賠償金を請求することが可能です。遺族が請求する際には、故人がアスベスト和解の条件を満たしていたことを証明する必要があります。故人の就労履歴、アスベスト関連疾患の診断書や医療記録、そして故人と請求者との関係を証明する戸籍謄本などが必要です。遺族が請求できる範囲は、配偶者、子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹などが該当します。遺族による請求も複雑になる傾向があるため、アスベスト被害に詳しい弁護士に相談し、適切なアドバイスとサポートを受けることが重要です。弁護士は、故人の情報を基に証拠収集を支援し、遺族がスムーズに賠償金を受け取れるよう手続きを代行してくれます。

専門家への相談:法テラス・弁護士会の活用

 アスベスト和解の手続きは専門知識と複雑な書類作成を伴うため、専門家のサポートが不可欠です。主な相談先は、法テラス(日本司法支援センター)や各地の弁護士会です。法テラスは経済的に余裕がない方でも法律相談や弁護士費用の立て替え制度を利用できる公的機関で、アスベスト被害に関する相談も受け付けています。日本弁護士連合会や各地の弁護士会では、アスベスト被害に関する専門知識を持つ弁護士を紹介してもらえます。アスベストセンターのような被害者支援団体も、証拠収集支援や弁護士への橋渡しを行っています。一人で悩まず、これらの専門機関や団体に積極的に相談し、適切なサポートを受けることが、問題解決への第一歩となります。

 アスベスト和解は、過去の被害に対する国の責任を認め、被害者やそのご遺族が正当な補償を受けるための重要な制度です。本記事の情報を参考に、ご自身の状況を確認し、適切な手続きを進めることで、未来を拓く一助となることを願っています。

参考文献

[1] 厚生労働省「石綿(アスベスト)工場の元労働者やその遺族の方々との和解手続について」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000075130.html