2006年に使用が禁止されたアスベストは、それ以前に建てられた中古マンションで今もなお問題となっています。本記事では、中古マンションのアスベスト問題について、健康リスク、法規制、調査方法、対処法を公的情報に基づき解説します。
アスベストの基礎知識と中古マンションにおけるリスク
アスベスト(石綿)は、かつてその優れた特性から建材として広く利用されていましたが、現在はその健康被害のため世界的に使用が規制されています。
アスベストとは何か?その危険性

引用元:アスベスト(石綿)が含まれる建材の特徴と分析・除去方法を解説!
アスベストは、吸い込むと肺がんや中皮腫などの深刻な健康被害を引き起こす微細な繊維です。体内に長く留まり、数十年後に発症することもあります。
中古マンションにおけるアスベスト使用の実態
日本では2006年にアスベストの使用が全面的に禁止されましたが、それ以前、特に1970年代から1990年代に建設されたマンションでは、アスベスト含有建材が多用されている可能性が高いです。これらの建材は、天井や壁の吹き付け材、保温材、スレート材、ビニル床タイルなどに含まれていることがあります。建材が健全な状態であればアスベストが飛散するリスクは低いですが、劣化や損傷、リフォームや解体工事によって建材が破壊されると、アスベスト繊維が空気中に飛散し、健康被害のリスクが高まります。
賃貸・売却時のトラブルと健康被害のリスク
中古マンションでアスベストが使用されている場合、居住者の健康リスクに加え、不動産の賃貸や売却時にもトラブルに発展する可能性があります。例えば、賃貸物件でアスベストによる健康被害が発生した場合、民法第717条の「土地の工作物等の占有者及び所有者の責任」に基づき、賃貸人に賠償責任が生じる可能性があります。アスベストが飛散する状態にあったことは「瑕疵」とみなされ、瑕疵物件を提供したと捉えられるためです。また、売却時においても、買主がアスベストの使用を知らずに購入し、後に発覚した場合、契約不解除や損害賠償請求などのトラブルに発展するリスクがあります。これらのリスクを回避するためには、事前の調査と適切な情報開示が極めて重要です。
アスベスト調査の義務化と法規制の現状
アスベストによる健康被害を未然に防ぐため、国は関連法規制を強化し、アスベスト調査の義務化を進めています。特に、建築物の解体・改修工事における事前調査は、その中心的な柱です。
アスベスト調査の義務化の背景と現状

引用元:株式会社 土木管理総合試験所「現場体験取材3 ~アスベスト調査編~」
2022年4月1日に施行された改正大気汚染防止法および石綿障害予防規則(石綿則)により、一部例外を除くすべての建築物の解体・改修工事において、アスベストの事前調査が義務化されました。これは、アスベスト含有建材の有無を事前に確認し、適切な飛散防止対策を講じることで、作業従事者や周辺住民の健康を守ることを目的としています。事前調査を怠った場合、罰則の対象となるため、工事を行う事業者だけでなく、発注者側もこの義務を認識しておく必要があります。
関連する主要な法規制
アスベストに関する法規制は多岐にわたり、国土交通省と厚生労働省がそれぞれ管轄する法律があります。主な関連法規制は以下の通りです。
・ 建築基準法:吹付けアスベスト等の建築物への使用禁止、増改築・大規模修繕・模様替時の除去義務などを規定。既存部分については、封じ込めや囲い込みも許容されます。
・ 建設工事に係る資材の再資源化等に関する法律(建設リサイクル法):対象建設工事における吹付けアスベスト等の有無に関する調査、付着物の除去措置などを規定。
・ 労働安全衛生法(石綿障害予防規則を含む):アスベスト含有製品の製造・輸入・使用等の禁止、解体等作業における労働者へのアスベストばく露防止措置などを規定。
・ 大気汚染防止法:建築物解体等作業の届出、作業基準などを規定。
・ 廃棄物の処理及び清掃に関する法律(廃棄物処理法):廃石綿等を含む廃棄物の特別な管理などを規定。
・ 宅地建物取引業法:建物のアスベスト使用の有無の調査結果が記録されている場合、その内容を重要事項説明として購入者等に説明することを規定。
・ 住宅の品質確保の促進等に関する法律:住宅性能表示制度において、既存住宅における個別性能に係る表示事項として、「アスベスト含有建材の有無等」などを規定。
これらの法律は、アスベストによる健康被害を多角的に防止するための枠組みを形成しており、中古マンションに関わるすべての関係者が理解しておくべき重要な情報です。
改正石綿則のポイントと施行スケジュール
令和2年(2020年)7月に改正された石綿則は、段階的に施行されています。主な改正ポイントは以下の通りです。
・ 事前調査の強化:建築物の解体・改修・リフォームなどの工事対象となる全ての材料について、アスベスト含有の有無を設計図書等の文書と目視で調査し、その結果を3年間保存することが義務付けられました(令和3年4月~)。また、建築物の事前調査は、厚生労働大臣が定める講習を修了した有資格者が行う必要があります(令和5年10月~)。工作物の事前調査についても、同様の有資格者による実施が令和8年1月より義務化されます。
・ 労働基準監督署への届出:吹付石綿に加え、アスベストが含まれる保温材などの除去工事は、工事開始の14日前までに労働基準監督署への届出が必要です(令和3年4月~)。さらに、一定規模以上の建築物や特定の工作物の解体・改修工事では、事前調査の結果等を電子システムで届け出ることが義務化されています(令和4年4月~)。
・ 除去工事後の確認:除去工事完了後、作業場の隔離を解く前に、資格者がアスベスト等の取り残しがないことを確認することが義務付けられました(令和3年4月~)。
・ 石綿含有成形品等の除去:石綿含有けい酸カルシウム板第1種を切断・破砕等する工事では作業場の隔離が、石綿含有成形品等の除去工事では原則として切断・破砕等によらない方法が義務付けられました(令和2年10月~)。また、石綿含有仕上塗材をディスクグラインダー等で除去する工事では作業場の隔離が必要です(令和3年4月~)。
・ 作業実施状況の記録:アスベスト含有建築物等の解体・改修工事では、作業の実施状況を写真等で記録し、3年間保存することが義務付けられました(令和3年4月~)。
・ 除じん性能を有する電動工具の使用:石綿等の切断等の作業では、湿潤化、除じん性能を有する電動工具の使用、その他の粉じん飛散防止措置のいずれかを行う必要があります(令和6年4月~)。
これらの改正は、アスベスト対策をより厳格にし、健康被害のリスクを低減するための重要な措置です。中古マンションの所有者や関係者は、これらの法改正の内容と施行スケジュールを正確に理解し、適切な対応を取る必要があります。
中古マンションのアスベスト調査方法と費用、補助金
中古マンションにおけるアスベストの有無を確認することは、健康リスクの回避と法的義務の履行のために不可欠です。ここでは、具体的な調査方法、費用、そして利用可能な補助金について解説します。
アスベスト使用有無の調べ方
中古マンションでアスベストが使用されているかを確認する方法はいくつかあります。複数の方法を組み合わせて、より正確な情報を得ることが推奨されます。
・ 築年数を調べる:アスベストの使用が全面的に禁止されたのは2006年です。そのため、2006年以前に建てられた中古マンションは、アスベスト含有建材が使用されている可能性があります。特に、1970年代から1990年代に建設された建物は、吹き付けアスベストやアスベスト含有保温材などが使用されているケースが多く見られます。
・ 重要事項説明書で調べる:不動産の売買契約時に交付される重要事項説明書には、物件に関する重要な情報が記載されています。アスベストの使用状況や調査履歴の有無についても記載されている場合があるため、不動産会社を通じて確認しましょう。
・ 設計図書や仕様書で調べる:建築時の設計図書や仕様書には、使用された建材の商品名や品番が明記されています。これらの情報から、アスベスト含有建材であるかを特定できる場合があります。ただし、中古マンションの場合、これらの書類が紛失しているケースも少なくありません。
・ 国土交通省・経済産業省のデータベースで調べる:国土交通省の「石綿(アスベスト)含有建材データベース」では、建材名、商品名、製造時メーカー名、現在メーカー名、型番、品版などの情報から、アスベスト含有建材であるかを検索できます。設計図書などで建材の情報が判明した場合には、このデータベースを活用して確認することが有効です。
専門業者によるアスベスト調査
上記の方法でアスベストの有無が不明な場合や、より詳細な調査が必要な場合は、専門業者に依頼することが最も確実です。専門業者による調査は、以下の手順で行われるのが一般的です。
・ 書面調査:設計図書や過去の修繕記録などを確認し、アスベスト使用の可能性を評価します。
・ 目視調査:現地で建材を目視で確認し、アスベスト含有の可能性のある建材を特定します。
・ 分析調査:目視調査で特定された建材から試料を採取し、専門機関でアスベストの有無や種類、含有率を分析します。この分析は、厚生労働大臣が定める講習を修了した有資格者が行う必要があります。
専門業者に依頼することで、正確な調査結果が得られるだけでなく、万が一アスベストが検出された場合の適切な除去・処理方法についても相談できます。特に、解体・改修工事を伴う場合は、有資格者による事前調査が義務付けられているため、専門業者への依頼は必須となります。
調査費用と補助金制度
アスベスト調査にかかる費用は、建物の規模や調査範囲、分析方法によって異なりますが、一般的には数万円から数十万円程度が目安です。分析調査が必要な場合は、さらに費用がかかることがあります。
アスベスト調査や除去には、国や地方自治体による補助金制度が設けられている場合があります。例えば、地方自治体によっては、アスベスト含有調査費用の一部を補助する制度や、除去工事費用に対する補助金制度があります。これらの補助金は、制度の内容や対象となる条件が自治体によって異なるため、事前に居住地の自治体窓口やウェブサイトで確認することが重要です。補助金を活用することで、費用負担を軽減し、アスベスト対策を円滑に進めることができます。
中古マンションでアスベストが発見された場合の対処法
アスベスト調査の結果、中古マンションでアスベスト含有建材が発見された場合、その状況に応じて適切な対処を行う必要があります。ここでは、分譲マンション、賃貸物件、投資用物件それぞれのケースにおける対処法を解説します。
分譲マンションの場合
分譲マンションでアスベスト含有建材が発見された場合、原則としてその除去が必要となります。除去工事には多額の費用がかかることが予想されるため、売買契約時において、売主と買主の間で費用負担について十分に交渉することが重要です。費用をどちらが全額負担するのか、あるいは折半にするのかなど、具体的な取り決めを契約書に明記することで、将来的なトラブルを避けることができます。
アスベストの除去は専門的な知識と技術を要するため、必ずアスベスト除去の専門業者に依頼してください。除去作業は、アスベスト繊維の飛散を最小限に抑えるための厳重な管理下で行われる必要があります。また、除去後のアスベスト廃棄物も、特別管理産業廃棄物として適切に処理されなければなりません。
賃貸物件の場合
賃貸物件でアスベストが発見された場合、貸主(オーナー)に責任が生じます。アスベスト除去の直接的な義務は発生しないものの、借主から除去の要請があった場合には、迅速に対応することが強く推奨されます。対応策としては、以下のいずれかの措置が考えられます。
・ 除去:アスベスト含有建材を完全に撤去する方法です。最も確実な方法ですが、費用と時間がかかります。
・ 囲い込み:アスベスト含有建材を非アスベスト建材で完全に覆い隠し、飛散を防止する方法です。除去に比べて費用を抑えられますが、アスベスト自体は残存します。
・ 封じ込め:アスベスト含有建材の表面を固化剤で処理し、繊維の飛散を防止する方法です。囲い込みと同様に費用を抑えられますが、定期的な点検が必要です。
いずれの措置を選択するにしても、借主の健康と安全を最優先に考え、専門業者と相談の上、適切な対策を講じることが重要です。対応が遅れると、借主との信頼関係の悪化や、法的トラブルに発展するリスクがあります。
投資用物件の場合
投資用物件でアスベストが発見された場合も、除去の義務は発生しません。しかし、アスベストが残存している物件は、借主や買い手が見つかりにくくなる可能性があります。これは、入居者や購入者が健康リスクを懸念したり、将来的な除去費用を考慮したりするためです。
物件の資産価値を維持・向上させるためには、アスベスト除去作業を行うことが望ましいでしょう。除去を行うことで、物件の安全性が確保され、入居者や購入者にとって魅力的な物件となります。長期的な視点で見れば、初期投資としての除去費用は、物件の競争力向上と安定した収益確保に繋がる可能性があります。また、将来的な法規制の強化に備える意味でも、早期の対策が賢明です。
売却・リフォーム時のアスベスト事前調査の重要性
中古マンションの売却やリフォームを検討している場合、アスベストの事前調査は単なる義務ではなく、将来的なトラブルを回避し、円滑な取引や工事を進めるための重要なステップとなります。
売却前の事前調査がトラブルを未然に防ぐ
中古マンションの売却において、アスベストの事前調査は非常に重要です。買主は、購入後にリフォームや解体を検討する可能性が高く、その際にアスベストの事前調査が必須となります。もし売却後にアスベストの使用が発覚した場合、買主との間で大きなトラブルに発展する可能性があります。例えば、買主から契約不適合責任(旧瑕疵担保責任)を追及され、損害賠償請求や契約解除を求められることも考えられます。
売主が事前にアスベスト調査を実施し、その結果を正確に開示することで、買主は安心して物件を購入できます。アスベストの有無や対策状況が明確であれば、買主は将来的なリフォーム計画や費用を具体的に検討でき、信頼性の高い取引に繋がります。クリーンな形で売却に臨むことは、将来的なリスクを抑え、スムーズな売却を実現するための最善策と言えるでしょう。
リフォーム・解体工事における事前調査の義務
中古マンションのリフォームや解体工事を行う際には、アスベストの事前調査が法律で義務付けられています。これは、工事中にアスベスト含有建材が破壊され、アスベスト繊維が飛散することを防ぎ、作業従事者や周辺住民の健康を守るためです。事前調査を怠ると、罰則の対象となるだけでなく、予期せぬアスベスト飛散による健康被害や、工事の中断、追加費用の発生など、様々な問題が生じる可能性があります。
事前調査は、建築物石綿含有建材調査者などの有資格者が行う必要があり、その結果は労働基準監督署や自治体への報告が義務付けられています。適切な事前調査を行うことで、アスベスト含有建材の場所や種類を特定し、それに応じた適切な飛散防止対策を講じることができます。これにより、安全かつ円滑に工事を進めることが可能になります。
専門業者に依頼するメリット
アスベスト調査は専門的な知識と経験を要するため、信頼できる専門業者に依頼することが不可欠です。専門業者に依頼するメリットは以下の通りです。
・ 正確な調査と分析:有資格者による書面調査、目視調査、分析調査を通じて、アスベストの有無や種類を正確に特定します。
・ 法規制への対応:最新の法規制に基づいた適切な調査と報告を行い、法的義務の履行をサポートします。
・ 適切な対策の提案:アスベストが発見された場合、除去、囲い込み、封じ込めなど、状況に応じた最適な対策を提案し、実施します。
・ 安全性の確保:アスベスト飛散防止のための厳重な管理体制のもとで作業を行い、作業従事者や周辺住民の安全を確保します。
・ トラブルの回避:正確な情報提供と適切な対策により、売買や賃貸、工事におけるトラブルを未然に防ぎます。
中古マンションのアスベスト問題は、健康、法律、経済の多岐にわたる側面を持つ複雑な課題です。専門業者と連携し、適切な情報に基づいた行動を取ることが、安全で安心な住環境を確保するための鍵となります。
参考文献
・国土交通省:アスベスト対策Q&A
URL: https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/Q&A/
・国土交通省:建築基準法による石綿規制の概要
URL: https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/asubesuto/houritsu/071001.html
・厚生労働省:改正石綿則のポイント | 石綿総合情報ポータルサイト
URL: https://www.ishiwata.mhlw.go.jp/point/