バーミキュライト(ひる石)は、その優れた断熱性や吸音性から、かつて建築材料として広く利用されてきました。しかし、この便利な材料の陰には、アスベストという見過ごされがちな危険が潜んでいることがあります。特に、古い建築物におけるバーミキュライトには、健康被害を引き起こす可能性のあるアスベストが含有されているケースがあり、その適切な理解と対策が喫緊の課題となっています。本記事では、バーミキュライトとアスベストの関係性、健康リスク、そして法規制に基づいた調査・除去方法について、専門的な知見と公的機関の情報を基に詳細に解説します。読者の皆様が、ご自身の健康と安全を守るための正確な知識と具体的な行動指針を得られるよう、分かりやすく実用的な情報を提供します。

出典:米国環境保護庁(EPA)「Protect Your Family from Asbestos-Contaminated Vermiculite」(2008)https://www.epa.gov/asbestos/protect-your-family-asbestos-contaminated-vermiculite-insulation
バーミキュライトとアスベストの関係性:見過ごされがちな危険
バーミキュライトとは?その特性と過去の使用状況
バーミキュライトは、層状構造を持つケイ酸塩鉱物の一種であり、加熱すると膨張して軽量かつ多孔質な性質を持つようになります。この特性から、断熱材、吸音材、耐火材として建築分野で広く利用されてきました。特に、吹き付けバーミキュライトは、天井や壁の表面に直接吹き付けて使用され、その外見は表面が凹凸で弾力があるのが特徴です。現在製造されているバーミキュライトにはアスベストは含まれていませんが、過去にはアスベストと混合されて使用されていた時期があります[1]。
バーミキュライトにアスベストが含有される理由と歴史的背景
バーミキュライトにアスベストが含有される主な理由は二つあります。一つは、バーミキュライトが天然鉱物であるため、採掘される鉱床にアスベストが不純物として混入していたケースです。特に、1970年代から1980年代にかけて、米国のモンタナ州リビー鉱山で採掘されたバーミキュライトは、アスベストの一種であるトレモライトや、後述するウィンチャイト、リヒテライトを不純物として含んでいました。このリビー鉱山産のバーミキュライトが世界中に流通し、日本でも建築材料として使用されていたことが、現在の問題の根源となっています[2]。もう一つは、吹き付け材の剥落防止のために、意図的にアスベストが結合材として添加されていたケースです[3]。
ウィンチャイト・リヒテライトとは?アスベストとの関連性
ウィンチャイトおよびリヒテライトは、角閃石族に属する繊維状の鉱物であり、その形状や結晶構造、化学組成がアスベストの一種であるトレモライトと非常に似ています。日本の「石綿障害予防規則(石綿則)」におけるアスベストの定義には直接含まれていませんが、その有害性については明確な知見がないものの、トレモライトと同様の健康リスクを持つ可能性が指摘されています[2]。実際、JIS法による分析では、これらの鉱物がトレモライトとして判定されることがあります[2]。このため、バーミキュライト中にウィンチャイトやリヒテライトが含有されている場合でも、アスベストと同様のばく露防止対策を講じることが求められています[2]。
バーミキュライトに含まれるアスベストの健康リスクと危険性レベル
アスベストによる健康被害のメカニズム
アスベスト繊維は非常に細かく、空気中に飛散すると吸入されやすい性質を持っています。一度吸入されたアスベスト繊維は、肺の奥深くに到達し、体内で分解されずに長期間留まります。これにより、肺組織に炎症や線維化を引き起こし、様々な健康障害の原因となります。主な健康被害としては、肺がん、悪性中皮腫(肺や腹部の臓器を覆う膜に発生するがんで、極めて悪性度が高い)、石綿肺(肺の線維化)、びまん性胸膜肥厚などが挙げられます。これらの疾患は、アスベスト吸入から数十年という長い潜伏期間を経て発症することが特徴です[4]。

出典:国土交通省「アスベスト対策Q&A」
吹き付けバーミキュライトの危険性レベル:なぜ「レベル1」に準じるのか
アスベスト含有建材は、その飛散性に応じて危険性レベルが1から3に分類されています。レベル1が最も危険性が高く、吹き付けアスベストがこれに該当します。吹き付けバーミキュライトは、その性質上、アスベスト繊維が飛散しやすい「発塵性」が高いとされており、解体・改修作業時には特に注意が必要です。厚生労働省は、バーミキュライト中にアスベストが含有されている場合、石綿則に定めるレベル1に準じたばく露防止対策を講じるよう求めています[2]。これは、アスベストが意図的に添加されたか、天然の不純物として混入していたかにかかわらず、その飛散による健康リスクが高いと判断されるためです。
意図的添加と天然鉱物由来:アスベスト含有バーミキュライトの種類
バーミキュライトにアスベストが含有される経路は、大きく分けて「意図的添加」と「天然鉱物由来」の二つがあります。意図的添加は、吹き付け材の強度や剥落防止のために、アスベストが結合材として配合されたケースです。一方、天然鉱物由来は、バーミキュライトの採掘時に、鉱床に天然に存在するアスベスト(特にトレモライト、ウィンチャイト、リヒテライトなど)が不純物として混入したケースです。どちらの経路でアスベストが含有された場合でも、健康リスクは同等に存在し、適切な対策が求められます[3]。
バーミキュライトのアスベスト調査・除去の義務と具体的な流れ
法規制と事前調査の義務:石綿障害予防規則の要点
日本では、アスベストによる健康被害を防止するため、厳格な法規制が設けられています。特に「石綿障害予防規則(石綿則)」は、建築物等の解体、改修、除去等の作業を行う際に、石綿等の使用の有無を事前に調査することを義務付けています[2]。この事前調査は、設計図書による確認、目視による確認、そして専門の分析機関による分析の3段階で行われます[1]。バーミキュライトが使用されている建築物についても、この規則が適用され、アスベスト含有の有無を正確に把握することが不可欠です。
バーミキュライトのアスベスト調査方法:設計図書から専門分析まで
バーミキュライトのアスベスト含有調査は、以下の手順で進められます[1]。
① 設計図書による確認
建築物の設計図面や竣工図、仕様書などを確認し、施工年数や使用された建材の商品名からアスベスト含有の可能性を判断します。古い建築物ほど、アスベスト含有の可能性が高まります。
② 目視による確認
実際に現場を視察し、吹き付け材の外見や状態からバーミキュライトであるか、また劣化の状況などを確認します。吹き付けバーミキュライトは表面が凹凸で弾力があるという特徴があります。
③ 専門の分析機関に調査を依頼
上記の確認でアスベスト含有の疑いがある場合や、確実な判断が必要な場合は、専門の分析機関に検体を採取してもらい、アスベスト含有の有無や種類、含有率を分析してもらいます。JIS法による分析では、ウィンチャイトやリヒテライトもトレモライトとして判定されるため、アスベスト含有と見なされます[2]。
除去・封じ込め・囲い込み:適切な処理工法の選択
アスベスト含有バーミキュライトの処理には、建材の劣化状況や飛散リスクに応じて、主に以下の3つの工法が選択されます[1]。
・ 除去工法
アスベストを完全に除去する方法で、最も飛散防止効果が高いとされています。作業区域を厳重に隔離し、負圧除じん装置を設置するなど、徹底した飛散防止対策のもとでアスベスト含有建材を取り除きます。
・ 封じ込め工法
吹き付けバーミキュライトの表面を造膜材で硬化させ、アスベスト繊維の飛散を防止する方法です。アスベスト自体は残存するため、将来的な除去が必要になる可能性があります。
・ 囲い込み工法
アスベスト含有建材の周囲を非アスベスト建材で覆い、物理的にアスベストの飛散を防ぐ方法です。こちらもアスベスト自体は残存するため、建物の解体時には除去工法が必要となります。
これらの工法は、それぞれメリット・デメリットがあり、専門家による適切な判断と計画が必要です。
解体・改修時の注意点と専門業者選定の重要性
アスベスト含有バーミキュライトの解体・改修作業は、専門的な知識と技術、そして厳格な安全管理が求められる非常に危険な作業です。特に、吹き付けアスベストは発塵性が高いため、作業員だけでなく周辺環境へのアスベスト飛散を防ぐための対策が不可欠です。作業を行う際には、石綿則に基づき、作業計画の策定、作業主任者の選任、作業員の特別教育、保護具の着用、作業区域の隔離、負圧管理、廃棄物の適正処理など、多岐にわたる措置を講じる必要があります[1]。
信頼できる専門業者を選定することが、安全かつ確実にアスベスト問題を解決するための鍵となります。業者選定の際には、アスベスト除去工事の実績、資格保有者の有無、適切な作業計画の提案、費用見積もりの透明性などを十分に確認することが重要です。
バーミキュライトのアスベストに関するQ&A
現在流通しているバーミキュライトは安全か?
現在、市場に流通しているバーミキュライトは、アスベストを含まない南アフリカ産のものなどが主流となっており、安全性が高いとされています。しかし、過去に製造・使用されたバーミキュライトの中にはアスベストが含有されているものがあるため、特に古い建築物においては注意が必要です[2]。
自宅のバーミキュライトにアスベストが含まれているか確認する方法は?
自宅のバーミキュライトにアスベストが含まれているかを確認するには、まず建築物の竣工年を確認し、1970年代から1980年代に建てられた建物であれば、アスベスト含有の可能性を疑う必要があります。次に、目視で吹き付け材の外見を確認し、バーミキュライトの特徴(凹凸があり弾力がある)と一致するかどうかを判断します。最終的には、専門の調査機関に依頼し、検体採取と分析を行うことで、アスベスト含有の有無を確定できます[1]。
アスベスト含有バーミキュライトの除去費用はどのくらいか?
アスベスト含有バーミキュライトの除去費用は、建物の規模、作業範囲、アスベストの含有量、選択する工法(除去、封じ込め、囲い込み)、作業の難易度などによって大きく変動します。一般的に、除去工法が最も費用が高くなります。正確な費用を知るためには、複数の専門業者から見積もりを取り、作業内容と費用内訳を詳細に確認することが重要です。また、自治体によってはアスベスト調査や除去に関する補助金制度を設けている場合があるため、事前に確認することをお勧めします。
参考文献
・ [1] アスベスト比較サイト. 「吹きつけアスベストの危険性や対処法について解説!」. https://asbestzero.com/risk/ (参照日: 2025-09-29)
・ [2] 厚生労働省. 「バーミキュライトが吹き付けられた建築物等の解体等の作業に当たっての留意事項について」. 基安化発1228第1号, 平成21年12月28日. https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tb5804&dataType=1&pageNo=1 (参照日: 2025-09-29)
・ [3] 国土交通省. 「アスベスト対策Q&A」Q12 バーミキュライト(ひる石)吹付け、またはパーライト吹付け材の健康影響はありますか。. https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/Q&A/ (参照日: 2025-09-29)
・ [4] 環境省. 「アスベストによる健康被害」. https://www.env.go.jp/air/asbestos/index4.html (参照日: 2025-09-29)