「うちの建物のモルタル壁、アスベストは大丈夫だろうか?」

建設やリフォーム、解体工事に携わる方であれば、一度はこのような懸念を抱いたことがあるかもしれません。結論から言うと、モルタルそのものにアスベスト(石綿)は含まれていませんが、1960年代から2005年頃までに施工されたモルタルには、性能向上のためにアスベストを含んだ「混和材」が使用されていた可能性があります。

この事実を知らずに解体や改修工事を進めてしまうと、アスベスト繊維を飛散させ、作業員や近隣住民に深刻な健康被害を及ぼすだけでなく、大気汚染防止法や石綿障害予防規則に違反し、厳しい罰則の対象となる可能性があります。

この記事では、モルタルに含まれるアスベストのリスクについて、年代別の見分け方、法的に義務付けられた調査・除去の方法、そして費用の目安まで、専門的な知見を基に網羅的に解説します。安全な工事計画と法令遵守のために、ぜひ最後までご一読ください。

モルタルにアスベストは含まれる?基本知識とコンクリートとの違い

モルタルとアスベストの関係を正しく理解することは、安全対策の第一歩です。ここでは、なぜモルタルにアスベストが使われたのか、そしてよく混同されるコンクリートとの違いについて解説します。

結論:モルタル自体ではなく「混和材」にアスベストが含有

セメントと砂、水を練り混ぜて作られるモルタル自体には、本来アスベストは含まれていません。 しかし、過去にはひび割れ防止、耐火性、耐熱性、耐久性の向上といった目的で、アスベストを混入した「混和材」がモルタルに添加されていました。

特に、耐火性能が求められる箇所や、施工性を向上させる目的で、安価で高性能なアスベストは重宝されたのです。そのため、「モルタル=アスベスト含有」と一括りにはできませんが、「古い年代のモルタルにはアスベストが含まれている可能性がある」という認識が不可欠です。

なぜモルタルにアスベストが使われたのか?

アスベストがモルタルの混和材として使用された主な理由は、その優れた物理的・化学的特性にあります。

・ 高い耐火・耐熱性: 火災時の延焼を防ぐため、耐火性が求められる壁や天井のモルタルに使用されました。
・ ひび割れ防止: モルタルの弱点である乾燥収縮によるひび割れを、アスベスト繊維が抑制する効果がありました。
・ 強度・耐久性の向上: 繊維がモルタル内で網目状に絡みつき、全体の強度と耐久性を高めました。
・ 施工性の改善: 材料の粘性を調整し、左官作業を容易にする効果もありました。

これらの理由から、アスベストは「魔法の鉱物」とも呼ばれ、様々な建材に広く利用されていました。

コンクリートとの違いとリスクの所在

モルタルとコンクリートは、どちらもセメントを主原料としますが、構成要素が異なります。

・ モルタル: セメント+砂+水
・ コンクリート: セメント+砂+砂利+水

一般的なコンクリートの構造躯体(柱、梁、床スラブなど)そのものに、アスベストが含まれる可能性は極めて低いです。 リスクが潜んでいるのは、主に性能向上のために特殊な添加物が加えられた「モルタル」や、コンクリート表面に塗られた「仕上げ塗材」などです。したがって、調査の際はコンクリート躯体そのものよりも、表面の仕上げ材や下地調整材に注意を払う必要があります。

【年代・種類別】アスベスト含有の危険性が高いモルタルの見分け方

すべてのモルタルが危険なわけではありません。アスベスト含有のリスクが高い年代やモルタルの種類を把握することが、効率的で的確な調査につながります。

要注意な年代:1960年代~2005年頃まで

アスベスト含有の混和材が使用されていた主な期間は、1960年代から2005年頃までとされています。 日本では2006年9月にアスベスト含有率0.1重量%を超える製品の製造・使用が全面的に禁止されましたが、それ以前に建てられた建築物では注意が必要です。

特に、アスベストの使用がピークであった1970年代~1990年代に施工されたモルタルは、含有の可能性が高いと考えられます。 ただし、建材の製造時期と施工時期にはズレがあるため、年代はあくまで目安として捉え、最終的には専門家による調査で判断する必要があります。

特にリスクが高いモルタルの種類と用途

モルタルの中でも、特定の用途で使われたものはアスベスト含有のリスクが特に高いとされています。

・ 耐火モルタル: ボイラー室、煙突、機械室など、高温になる箇所の耐火被覆材として使用。耐火性能を高めるため、アスベストが積極的に添加されていました。
・ 石灰モルタル: 伝統的な日本家屋や古い洋風建築で使用。施工時期が古いものは、強度向上のためにアスベストが混ぜられていた事例が報告されています。
・ 防水・補修用モルタル: 防水性や接着性を高める目的で、アスベスト含有のポリマーセメントモルタルなどが使用されていたことがあります。

これらのモルタルが使用されている可能性がある場合は、特に慎重な調査が求められます。

下地調整材や仕上げ塗材にも注意が必要

モルタル壁の表面に塗られる「下地調整材(フィラー)」や「仕上げ塗材」にも、アスベストが含まれている可能性があります。これらは、壁面の凹凸をなくし、平滑にするためや、意匠性(デザイン)を高めるために使用されます。

・ 下地調整材C(セメント系フィラー): 1970年~2005年までアスベスト含有製品が製造されていました。
・ 建築用仕上塗材: 意匠性を高めるために吹き付けられるリシン、スタッコ、タイルなどの仕上げ材にも、ひび割れ防止目的でアスベストが混入されている場合があります。

これらの材料はモルタルと一体化していることが多く、解体・改修時にはモルタル本体と同様に飛散リスクを考慮しなければなりません。

アスベスト含有モルタルの危険性|レベル3建材とは?

アスベスト含有建材は、発じん性(粉じんの飛散しやすさ)によって3つのレベルに分類されます。アスベスト含有モルタルや仕上げ塗材は、最も発じん性が低い「レベル3」に該当しますが、決して安全というわけではありません。

発じん性レベル3(非飛散性)の定義

アスベストレベルは、数字が小さいほど発じん性が高く、危険とされています。

・ レベル1(発じん性が著しく高い): 石綿含有吹付け材など
・ レベル2(発じん性が高い): 石綿含有保温材、耐火被覆材など
・ レベル3(発じん性が比較的低い): その他石綿含有建材(成形板など)

レベル3建材は、セメントなどで固められており、通常の状態ではアスベスト繊維が飛散する可能性は低いとされています。 アスベスト含有モルタルや、屋根材のスレート、Pタイルなどがこれに分類されます。

出典:国土交通省「目で見るアスベスト建材(第2版)」

「レベル3だから安全」は大きな間違い

「レベル3は飛散しにくいから安全」という考えは大きな誤解です。レベル3建材であっても、解体、破砕、切断、研磨といった作業が加わると、固められていたアスベスト繊維が空気中に飛散し、作業員や周辺住民が吸い込んでしまう危険性があります。

アスベストは極めて細い繊維であり、一度吸い込むと肺の組織に長く留まり、数十年という長い潜伏期間を経て、肺がんや悪性中皮腫といった深刻な健康被害を引き起こすことが知られています。 したがって、レベル3建材の除去作業においても、法に定められた厳格な飛散防止対策が不可欠です。

解体・改修工事で飛散するリスク

レベル3建材の除去作業では、電動工具による切断やドリルでの穿孔(穴あけ)、ハンマーによる破砕など、建材を損傷させる工程が伴います。これらの作業は、たとえ小規模であってもアスベスト繊維を飛散させる高いリスクを伴います。

そのため、作業時には湿潤化(水や薬剤で湿らせて粉じんの飛散を抑える)や、高性能な防じんマスク、保護衣の着用が義務付けられています。 安易な自己判断によるDIYでの解体・補修は絶対に避けなければなりません。

【2023年10月~義務化】アスベスト調査の具体的な流れと法的義務

アスベストによる健康被害を未然に防ぐため、法規制は年々強化されています。特に2023年10月からは、調査に関する重要な義務化が施行されました。

ステップ1:有資格者による書面調査と目視確認

建築物の解体・改修工事を行う際には、工事の規模にかかわらず、必ずアスベストの事前調査を実施しなければなりません。

まず、設計図書、仕様書、過去の改修履歴などの書類を確認し、アスベスト含有建材の使用の可能性を洗い出します(書面調査)。 その後、現地で実際の建物の状態と書類を照合し、建材の種類や劣化状況を目視で確認します(現地調査)。

重要なのは、2023年10月1日以降、この事前調査は「建築物石綿含有建材調査者」などの専門資格を持つ者でなければ実施できなくなった点です。 無資格者による調査は法令違反となります。

ステップ2:分析調査による含有の確定

書面調査や現地調査でアスベスト含有の有無が明確に判断できない場合は、建材の一部を採取し、専門の分析機関で分析を行う必要があります(分析調査)。

例えば、「2006年以前のモルタル壁で、図面に混和材の記載がない」といったケースでは、分析調査によって含有の有無を確定させます。分析の結果、アスベストの含有が確認された場合は、そのレベルに応じた適切な除去・処分計画を立てることになります。

事前調査の報告義務と罰則

一定規模以上(解体部分の床面積80㎡以上など)の工事では、事前調査の結果を、工事開始前に労働基準監督署と管轄の地方公共団体へ電子システム(石綿事前調査結果報告システム)を通じて報告することが義務付けられています。

この事前調査や報告を怠ったり、虚偽の報告を行ったりした場合には、「3ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金」などの厳しい罰則が科される可能性があります。 法令遵守は、事業者の社会的責任として極めて重要です。

アスベスト含有モルタルの除去・処分方法と費用相場

アスベスト含有モルタルの除去・処分は、法令に則って慎重に進める必要があります。ここでは、レベル3建材の除去手順と費用の目安について解説します。

レベル3建材の基本的な除去手順

レベル3建材の除去作業は、レベル1や2のような大掛かりな隔離(負圧隔離)は通常不要ですが、飛散防止のために以下の措置が基本となります。

1.  作業計画の策定と届出: 事前調査結果に基づき、作業手順や安全対策を盛り込んだ計画を作成します。
2. 作業区域の表示: 関係者以外が立ち入らないよう、作業区域を明示します。
3. 湿潤化の徹底: 除去対象の建材に水や飛散防止剤を散布し、常に湿った状態を保ちながら作業を行います。
4. 手作業による除去: 原則として、重機による解体ではなく、手作業で丁寧に取り外します(手ばらし)。
5. 適切な梱包: 除去したアスベスト含有建材は、飛散しないようにプラスチック袋で二重に梱包するか、丈夫な容器に密閉します。
6. 作業員の保護: 作業員は、防じんマスクや保護衣を適切に着用します。

出典:国土交通省「目で見るアスベスト建材(第2版)」

除去費用の目安と変動要因

アスベストレベル3建材の除去費用は、1㎡あたり3,000円程度が目安とされています。 ただし、これはあくまで目安であり、以下の要因によって費用は大きく変動します。

・ 除去面積: 面積が広いほど総額は高くなりますが、㎡単価は割安になる傾向があります。
・ 作業場所: 高所や狭い場所など、作業の難易度が高い場合は費用が加算されます。
・ 建材の種類と状態: 劣化が激しい場合や、下地との接着が強固な場合は、除去に手間がかかり費用が上がります。
・ 養生範囲: 周辺環境への配慮から、広範囲の養生が必要な場合は費用が増加します。

正確な費用を知るためには、必ず複数の専門業者から現地調査の上で見積もりを取ることが重要です。

特別管理産業廃棄物としての適正な処分

除去したアスベスト含有建材は、「廃石綿等」または「石綿含有産業廃棄物」として、通常の産業廃棄物とは区別して処理する必要があります。 これらは「特別管理産業廃棄物」に該当し、許可を持つ専門の収集運搬業者や中間処理・最終処分業者に委託しなければなりません。

処理フローは環境省のマニュアルで厳格に定められており、不法投棄は極めて重い罰則の対象となります。 除去から最終処分まで、法令を遵守できる信頼性の高い業者に依頼することが不可欠です。

まとめ:アスベスト含有モルタルのリスクは専門家による調査でしか判断できない

本記事では、モルタルに含まれるアスベストのリスクについて、その背景から法的な調査・除去義務、費用に至るまでを解説しました。

・ モルタル自体ではなく、1960年代~2005年頃の混和材にアスベストが含まれる可能性がある。
・ アスベスト含有モルタルはレベル3建材に分類されるが、解体・改修時には飛散リスクがあり危険。
・ 2023年10月より、アスベストの事前調査は有資格者による実施が義務化されている。
・ 除去・処分は法令に則って厳格に行う必要があり、自己判断での作業は絶対に避けるべき。

古い建物のモルタルにアスベストが含まれているかどうかを、見た目だけで正確に判断することは不可能です。解体やリフォームを計画している場合は、必ず「建築物石綿含有建材調査者」の資格を持つ専門家に相談し、法に定められた手順に従って事前調査を行ってください。それが、作業員の安全、周辺住民の健康、そして事業者の信頼を守るための最も確実な方法です。

参考文献リスト

厚生労働省. 石綿総合情報ポータルサイト. (URL: https://www.ishiwata.mhlw.go.jp/ )

国土交通省. アスベスト問題への対応. (URL: https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/asbestos/sosei_asbestos_tk_000004.html )

国土交通省. 建築物のアスベスト対策. (URL: https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/jutakukentiku_house_tk_000038.html )

環境省. 石綿含有廃棄物等関係. (URL: https://www.env.go.jp/recycle/waste/asbestos.html )

環境省. 石綿含有廃棄物等処理マニュアル(第3版). (URL: https://www.env.go.jp/recycle/misc/asbestos-dw/manual3.html )